魚と生きた半生つづる

荘内日報社 未分類 2010年8月30日

鶴岡出身野口さん エッセー集「魚との道草」刊行

 鶴岡市出身で、日清製粉で長年にわたり養魚用配合飼料の開発研究に携わった野口祐三さん(79)=東京都中野区若宮二丁目=のエッセー集「魚との道草」が、荘内日報社から刊行された。少年期の魚の思い出や、研究で全国を巡る中での魚との触れ合いなど、魚とともに生きた半生を悲喜こもごものエピソードで紹介している。

 野口さんは1930年、旧泉村金森目(現鶴岡市羽黒町)生まれ。鶴岡南高を経て東京水産大(現東京海洋大)を卒業。日本冷蔵(現ニチレイ)を経て、1964年に日清製粉に入り、以降、98年まで主に同社中央研究所(埼玉県)で養魚用配合飼料の研究開発に携わった。

 今回の著書は、現役時代に月刊誌「養殖」(緑書房刊)に連載した「水人懐古録」、「水産界」(大日本水産会刊)に連載した「魚との道草」、それぞれのエッセー、合わせて約70編をまとめたもの。

 2章構成で、序章「忘れがたき古里の魚」では、大きな木箱を自転車に載せ行商に来た魚屋さんをはじめ、1匹のサメを田楽、煮付け、みそかす漬けの3種においしく調理してくれた母親、おいしいはずのサケのどんがら汁が、姉が嫁いだ夜にはのどを通らなかった話など、古里での「ざっこしめ」や魚料理、それにまつわる家族らとの思い出をつづっている。

 第2章「各地の水産の道を歩みながら」には、全国を巡りコイやハマチ用などの配合飼料の研究に携わる中で出会った人や魚に関する思い出を掲載。震災で有名になった新潟県山古志村(当時)の養鯉業者に配合飼料の説明に行った際は、深夜まで熱心に議論する村人たちに感銘を受けたという。また、タイの留学生が、祖国の父親が「日本人のために…」と丹精込めて育てたエビが日本の宴会で大量に食べ残されているのを見て涙を流したという話も。

 野口さんは「それなりの年齢となったが、魚との付き合いをもっともっと続けたい。そんな思いを込めて、1冊にまとめた」と話している。

 A5判、358ページ。2000円(税込み)。荘内日報社と鶴岡市内の書店で扱っている。

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