休耕田活用しサトウキビ栽培復活

紀伊民報社 経済 2010年8月27日

 和歌山県白浜町富田の住民団体が、休耕田でサトウキビの栽培を始めている。江戸時代末期、サトウキビを使った白砂糖の製法が同地区に伝わり、一時、特産品として名声を得た歴史がある。住民団体代表で富田区長の脇本敏功さん(68)は「ふるさとの歴史を掘り起こし、かつての特産品で地域おこしができればと考えた。近年、増えている休耕田の活用策になればとも期待している」と話している。

 富田地区で砂糖の製造が始まったのは江戸中期。当時はサトウキビの液汁を煮詰めて黒砂糖を作っていた。

 江戸末期の文久元(1861)年、讃岐の国阿野郡(現・香川県の中部)の松井民蔵が巡礼途中、熊野街道富田坂で宿泊した際、黒砂糖を漂白して白砂糖にする「秘法」を住民に教えた。このため、当時、貴重品だった白砂糖が紀州藩の特産になり、富田地区内でも砂糖長者が誕生したという。

 しかし、「秘法」は讃岐では門外不出とされていたため、民蔵は帰ることができず、富田に永住した。
 「江戸期に富田で白砂糖の製法を広めた松井民蔵さん」として語り伝えられ、その功勲を後世に残す文言を刻んだ墓石が、民蔵の亡くなった1878(明治11)年に建立され、白浜町誌にも記載されている。

 脇本さんら有志二十数人による住民団体(富田区環境保全向上活動組織)は、地元の児童にもサトウキビの収穫や砂糖づくりを体験させたいと発起。10年ほど使っていなかった田(約10アール)を借りて、4月に苗1500本を植えた。

 石灰と生ごみ堆肥(たいひ)だけで育て、既に背丈以上の高さになっている。年末に収穫する予定。収穫時でも高さはいまとそう変わらないが、茎が太くなり、糖度が高くなっているという。

 脇本さんは「栽培にはそう手間がかからず、心配なさそうだ」とほっとした様子。あとはどう活用するかが課題だが、まずは茎から苗を取り、来年以降、栽培面積を少しずつ増やす考えだという。

 「富田産の砂糖を使って料理や菓子ができないかと、みんなで夢を膨らませている。一つでも実現できれば、休耕田の活用対策になる」と期待を寄せている。

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