愛知大学を創立した本間喜一名誉学長(1891~1987)の生誕地に胸像をと、 本間喜一先生顕彰会(越知專会長)は、同大を通じて山形県東置場賜郡川西町に、ブロンズ像を寄贈することになった。28日、佐藤元彦学長が原田俊二・川西町長に目録を贈呈する。
1945(昭和20年)の終戦で閉学となった東亜同文書院大学(上海)の最後の学長で、翌年、豊橋に愛知大学を創立。第2、4代学長や最高裁判所初代事務総長を務めた本間氏。
その進取な気性は山形・米沢地方に育まれたと、愛知大学東亜同文書院大学記念センター(藤田佳久センター長)は28日、米沢市東部コミュニティセンターで、「米沢資料展示会・講演会~米沢が生んだ本間喜一をめぐって」を開く。
講演会では、山田邦明・同大文学部教授が「米沢地方の歴史風土と本間喜一」、本間氏の長女・殿岡晟子さんが「私の父本間喜一を語る」、藤田センター長が「本間喜一がつないだ東亜同文書院大学と愛知大学」と題して講演するほか、資料・パネルの展示で、本間氏の偉業を紹介する。
同顕彰会は、現在愛知大学豊橋校舎にある本間氏の胸像(日本芸術院会員・山本眞輔氏作)と同じ胸像を生誕地にもと、川西町側に寄贈を打診。同町も郷土の偉人の再発掘につながると快諾した。
今回、同講演会の冒頭、佐藤学長から原田町長に、胸像の目録や、書籍「本間イズムと愛知大学」、「愛知大学創成期の群像」各1000冊など贈呈する。
胸像の設置場所は未定だが、11月27~29日に名古屋松坂屋館で開催予定の「愛知大学東亜同文書院資料展示会講演会」に展示後、現地に搬送される。
同顕彰会の越知会長は「本間先生の生誕地への感謝の念を込めた胸像。先生の偉業を周知できればうれしい」と語っている。
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