当時の音色で平和を願う 被爆ピアノ演奏会

紀伊民報社 催し 地域 2017年9月11日

 1945年8月6日に広島に投下された原子爆弾で被爆したピアノのコンサートが9日、和歌山県田辺市稲成町のわかやま市民生活協同組合「E*KAO(イーカオ)ホール田辺」で開かれた。約120人が来場し、平和の祈りを込めた音色に聞き入った。
 わかやま市民生協主催。終戦から72年たち戦争を知らない人が増えている中で、被爆ピアノの音色を通して、戦争の悲惨さ、平和の尊さを考える機会にすることが目的。同生協は2015年から被爆ピアノのコンサートをしており、今年で3年目。
 会場には、爆心地から約1・8キロ離れた民家で被爆した「ミサコのピアノ」が運び込まれた。1932年に製造されたヤマハ製で、建物がコンクリート造りだったため焼失は免れたが、表面にはガラス片が刺さったことなどによる無数の傷が残っている。
 2005年に所有者から譲り受けた被爆2世で調律師の矢川光則さん(65)=広島市=が修復した。矢川さんは被爆ピアノを6台所有しており、これまで国内外で1500回以上平和コンサートを開いている。
 「持ち主から平和のために役立ててくださいと託されたもの。ピアノは修理すれば音が出る。被爆資料として保存するのではなく、核兵器の恐ろしさ、平和の尊さを音楽で伝えていきたい」と矢川さん。「ミサコのピアノ」の外側はまったく修理していないこと、内部も切れている弦は交換したが、他は当時の部品を修理して使い、当時の音色を奏でていることを紹介した。
 ピアニストの梶田法子さん=広島市=の演奏や、ピアノに合わせてソプラノ歌手の大島久美子さん=広島市=が「原爆を許すまじ」「死んだ男の残したものは」「さとうきび畑」などの歌を披露。「ミサコのピアノ」にまつわる朗読もした。小学生が被爆ピアノを演奏したり、来場者が一緒に合唱したりし、終演後には来場者が被爆ピアノに触れる時間もあった。
 母親の敬子さんと一緒に来場した田辺市朝日ケ丘の山本七夢さん(11)は「ピアノの外側がガタガタになっている所を触って、原爆の恐ろしさを感じた」と話した。

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