吉田城址の発掘調査

東愛知新聞社 社会 2017年3月19日

伊勢神宮領「飽海神戸」の一部と推測

 豊橋市文化財センターは19日、豊橋公園内の市陸上競技場で進めている吉田城址発掘調査(第49次)の現地説明会を開いた。平安時代後期(12世紀)の大型井戸や、平安から鎌倉時代の伊勢神宮領地「飽海神戸(あくみかんべ)」の集落跡の一部と推測される遺構が見つかり、江戸時代の城内道路も確認された。
 同競技場メインスタンド整備に伴う調査で、奈良、平安、鎌倉、戦国、江戸時代などの遺構、遺物が発見され、説明会には考古学ファンら約350人が集まった。
 発掘場所は、近世吉田城の東寄りにあたる家臣の屋敷地があった場所だが、今回の調査では平安から鎌倉時代の遺構が多く見つかった。
 平安の大型井戸は直径が4・2メートルもある。発見された調査区域の北側には戦国、江戸の井戸も見つかっている。
 南側で直径30センチ前後の鎌倉時代を中心にした柱穴が無数に見つかるなど一帯は集落の跡で、調査付近にはかつて伊勢神宮の領地「飽海神戸」があったと推測されており、その集落の一部と考えられる。
 また、江戸時代の道路跡が発見され、その位置から家臣の屋敷地を東西に貫く「川毛通」の跡を初めて確認した。城内の主要道路の一つで幅が7・7メートル。表面は砂利を敷き詰めてたたき締め、その上に砂を敷いて“舗装”、両側には側溝があった。
 以前の調査では付近で南北に延びる道路「八幡小路」が確認されており、江戸後期の絵図から川毛通の北側に松平甚右衛門邸、南側に倉垣源左衛門邸があったことも分かった。
 陶器など出土品も公開され、訪れた人たちが興味深く見ていた。

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