伊那市高遠町長藤の古い蔵から、明治初期から昭和初期にかけて作成された旧長藤村の道路図面や集落図、耕地略図などの絵図48点が見つかった。ほとんどの絵図が良好な保存状態で残っていた。旧村内各地を詳細に記した絵図から、集落ごとの変遷を知ることができる。管理する町歴史博物館は「これだけの史料が良好な保存状態で大量に見つかるのは珍しいのではないか。保護と分析を進め、多くの人が見ることができるようにしたい」としている。
蔵は、旧長藤村役場だったJA長藤支所に併設していた。老朽化のため取り壊す前に点検したところ、「長藤村役場絵図箱」と墨書された木箱が見つかった。中に絵図がぎっしりと詰まっており、箱のふたの裏には「昭和4年新調」と記されていた。
絵図は「長藤村林野見取略図」「的場部落道路図」「塩供部落」などで、集落の土地利用が記されている。年代が不明な絵図がほとんどだが、明治7(1874)年の「的場耕地略図」や同9(75)年の「字中山入山山論一件」、大正9(1920)年の「中村部落」など年代が記された絵図は9点ある。
縦4メートル横1.7メートルの最も大きな「栗田村旧絵図」は、田んぼや畑、荒地などを色分けして、土地の所有者名や地籍、面積などを細かく書き入れている。現在も同じ場所に残る慈照寺や五郎姫宮などもあり、隣接する芝平への道と飛び地にある畑から、芝平に栗田の農地があったことが分かる。
長藤全体と板山や弥勒、野笹、四日市場などそれぞれの集落別の絵図が残っていた。明治6(1873)年の地租改正条例の施行で土地を正確に把握するために作成されたと推測され、保存のための裏打ちや加筆された個所があることから飾り物ではないとみられる。
北原紀孝館長は「昔の役人の非常に細かい仕事ぶりが分かる貴重な史料。文化財委員と相談して専門家に調べてもらい、大切に保護していきたい」と話している。