戦国時代の永正2年(1505)に飯島町田切の大明神(現日方磐神社)に奉納され、現在は山梨県の個人が所蔵する鰐口(神社仏閣の軒につるされる金属製の音具)が田切の地に里帰りし、9日開いた地区文化祭で披露された。地区役員らから文化祭への出展依頼を受けた所有者の桜田久雄さん(73)、和子さん(69)夫妻=南アプルス市=が持参し、公民館に隣接する体育館にコーナーを設けて展示。奉納から500年余りを経た貴重な文化財に関心が集まった。
鰐口は、永正2年3月に願主為清が信州伊那飯島郷田切村の大明神へ奉納したとの銘文があり、1967年に工芸品として山梨県文化財に指定。指定当時に飯島町の歴史研究者らが調査した経緯はあるが、町の代官行列を楽しむ会が05年に日方磐神社舞台で鰐口を題材にした歴史寸劇を上演するまで、地元でもほとんどその存在が知られていなかった。
鰐口がなぜ山梨の地にあるか―については、奉納の後に伊那谷に攻め込んだ武田や織田の軍勢が関係しているとされる見方もあるが、はっきりしていない。奉納した為清がどういう人物だったかも分かっていない。
鰐口の入った武田菱のついた木製ほこらを神棚で代々祭ってきたという桜田さんは、自宅建て替えの昭和30年代後半に「いろりの煙でいぶされてヤニで固まったほこらの戸を開けるまで、中に何が入っているか知らなかった」ことや、銘文が分かった当時の様子を展示説明の中で紹介した。
その上で、桜田さんは居住地の南アルプス市櫛形地区と飯島町に同じ地名が多いことを挙げ、双方の歴史文化のつながりの上に立った交流に期待を寄せていた。